Last-mile Delivery

与太話アンド Assorted Love Songs

ロシアで見たLindenbaum

夏の始まりを告げる花はなんだろうか。 初夏あるいは5月から6月くらいにかけて 木に咲く白い花が多いな。

そしてそのいくつかは芳香を放つ。 

 

昔 初めてロシアに出かけた時のこと。 初夏。モスクワから飛行機で東へ2時間ほど飛びさらにそこから車で2時間ほどの客先へ行ったのだ。 空港の名前は Uha。 空港から車を借りてひたすら なだらかに起伏した草原の間の道を走って行く。 しばらく走ると やがて前方に低い丘が見えてきて、そしてそれをゆっくり越えて行くとまた目の前に平坦な草原が続いている。 そしてところどころ白樺の林が時折現れては 過ぎて行く。 そんな風景の繰り返しだった。 初夏 空はあくまで青く晴れ、さわやかな風も吹いて ちょうど新緑のころでもあり 今でもその時目にした風景を覚えている。 残念ながら当時はカメラを持ち歩くという事も無く写真はない。 

 

その日は客先の近くのこじんまりとした街に泊まった。 夕方散歩にでると 背の高い街路樹が道路を囲み そして街路樹から出た何か白い棉花のようなものがあたり一面に飛んでいるようだ。 そしてそれは午後の鈍い光を受けて輝き、風に舞い、歩いている自分たちにも降りかかってくるのだ。 

 

高緯度なそのあたりは もうその時期は白夜だった。 夜の11時過ぎ寝ようと思って外を見るとあたりはまだまるで昼間のように明るい。 こんな高緯度な感じが好きだ。 そして街で見かけたあの白い綿のようなものは 少しだけ傾いた陽を受けてまだ飛んでいた。 街の名前は Salavat ぼくらは サラワトと呼んでいた。 

 

今行われているワールドカップの試合はこのあたりでも行われているのだろうか。 テレビ中継を見ていたら サワラトで見た 白い綿のようなものが競技場を飛んでいるように見えたが 錯覚だろうか。

 

翌日 高い街路樹の街並みを過ぎて再び 草原の道をたどり客先へ。 客先の敷地の周りには 赤錆びた蒸留塔や配管といった巨大な廃墟が草原の上にそのまま残って立っている。 そしてその向こうには銀色に輝く新しいプラントの風景が広がっていた。 打合せには客先側の通訳がついてきた。 通訳はまだ若い女学生のような感じで教科書にでてくるような表現の英語を話す。 冬になるとこのあたりは一面の雪に覆われるのです。 なんて。 彼女は一生こんな片田舎である サラワトで暮らして行くのだろうか とふと思った。 それは自分の関与することではないけど。 (It is none of your business! なんて言われてしまうだろう)

 

日本に帰る当日 時間があるので モスクワ市内を散歩していたら 宮殿か何かの広い芝生の庭に大きな木が立っていて これが新緑の葉の中に白い花をつけている。 あたりには上品な芳香が漂っていて 周りの風景と相まってすばらしいたたずまいだった。 その時は菩提樹と言うことを聞いたが しかし実際にはセイヨウシナノキLindenbaumで いわゆる 日本でいうところの菩提樹とはことなるようだ。 しかしそんなことはどうでも良い。 なんだかヨーロッパの香りを放つこの木がいっぺんに好きになった。

 

初夏の土曜日のモスクワ。 空あくまで青く風は爽やか。 新緑が目にまぶしい。 昼には初カツオではなく 豚肉の串焼きでビールを飲んだ。 懐かしい思い出だ。 夏はあまり好きではないが 初夏は何故か色々な思い出がある。