Last-mile Delivery

与太話アンド Assorted Love Songs

説教くさい地名に囲まれた街で

遠い昔台北にしばらく住んだ事があった。 当時ほぼ同じ年恰好で親しくしていた現地の営業マンがいた。 仮に名前を 張 君 としよう - 親しくなって、彼の家に何度かおよばれして食事をごちそうになった事があった。 ご両親は日本語が堪能で、きっと じぶんよりよほど正しい日本語をしゃべる方々だった。 

 

その母上殿が、 何かの折に(もちろん 日本語で) “アタシ 何がキライといって この国民党の老人たちがつけた説教くさい地名が大キライなのよ ” ときっぱりと言われたのを覚えている。 確かに台湾の道路の名前と言えば 忠孝東路、復興北路、建国南路、仁愛路、民権東路、民生西路、中山北路、光復、 愛国路、博愛路…そう言われてみれば、台湾はどこの都市に行ってもそんな名前の道路が多いな。 確かに説教くさいといえば説教くさい。 (関係ないが日本人向けクラブ街のあった林森北路は違うけど。 あれこそ 説教臭い名前つければよいのに と思う) 今話題の中国本土もそうなのだろう。

 

当時 張君には 研ナオコ そっくりの彼女がいて、その彼女とたまにケンカをしたりすると グチを言いまくっていた。 ついでに疑心暗鬼のオニになり、あることないこと聞いてくる。しかし 最後は でも ボクは彼女の事を愛しているんだ と臆面もなく話していたな。 こちらはテキトウに相槌を打っていただけだけど。 

 

そんな彼らも結局 結婚して、結婚式に呼ばれたのを覚えている。大団円の予定調和というやつか。 披露宴の開始時間の前に行ったら誰もいなくて 時間を間違えたのではないかと思ったのをまだ覚えている。 研ナオコそっくりの彼女も披露宴では堂々としていた。 

 

その後、しかしこちらが帰国してからは彼が会社を辞めた事もあり、だんだん疎遠になってしまった。 風の噂で 自分で会社を興したという話も聞いたが。 今はどうしているのか。 もう20年以上前の話だ。 あの台北の街のどこに君達はいるのか。 説教くさい地名に囲まれた街で、今度は自分達の子供を説教したりしていたのだろうか。 張君 どうか元気で。