暗い話ばかりの今日このごろだけど。 昔のバカ話。
それはもう10年も前になるだろうか。 ある出張の時。 成田空港に行くべく 新宿でリムジンバスのチケットを買った。 出発時間まで少し時間があったので地下でコーヒーを買って飲んだ。
時刻表によれば新宿西口から成田空港までは90分である。 実際もっと短い事もある。 自分が乗ったバスは定刻に爽やかな秋の午後の陽光の下を走り始めた。 バスは新宿西口を出て首都高に入り代々木のあたりで大きく左右にカーブする道を走る。 外苑あたりの風景を眺め、そして赤坂のトンネルを抜け 今日はお台場ルート、箱崎ルートどちらで行くのかな などと思いながら車窓に映る東京の都心の風景を眺めていた。 運転手は果たして箱崎ルートを選択したらしく、バスは千鳥ヶ淵を通り抜け 大手町を右手に見ながら走って行く。
日本橋を過ぎたあたりで、何かをちらりと感じた。ちょっとした違和感のようなもの。 それは そう 夏の夜 はるか彼方 遠い夜空のむこうに 時々光る 稲光のような かすかなシグナルだった。 そして 湾岸線にはいり ディズニーランドを右手に見るあたりで そのシグナルは 商用 いや 小用 というカテゴリに属するある種の気分であるということに しばらしくして気づいた。 自分はは気にしない事にして、しかし 残りの所要時間を1時間と予想し そのことを考えないようにした。
しかし遠い夜空の彼方で光る稲光のようなサインは やがて急速に そして確実に 尿意 という言葉で表現される具体的な自覚状況に変貌してきた。 バスはちょうど幕張の料金所を過ぎたあたりである。 周りを見渡すと うたたねしている人、これから行くであろう旅の話をしている人々、 読書をしている人、 他皆静かに平和にバスに乗っている。 当たり前だが誰も己の危機的な状況に気づいている人はいない。
気を紛らわそうとして 何か楽しい事を考えようとしたが しかし すべてのその試みは “トイレに行きたい” という結論に達した。 この時点で もはや自分の置かれている状況に目を背ける事はできなくなってきた。 つまり現実に向き合い どう対処するか決めなければならない。 選択肢は二つ 空港まで耐える あるいは バスを停めてもらう。 しかし後者の場合 車行き交う高速道路 公衆の面前でどうやって用を足すのかと言う問題がある。 またバスの運転手にそのような行為を許してもらう交渉プロセスが発生する。
ここから空港まで30分。 それを耐えられるかどうか。 結局 自分の忍耐力とキャパシティに賭ける事にした。
重力と速度ベクトルの変化の影響を少しでも避けるために 少し横座りになり、目を半目にして 何も考えない空の状況を作ろうとした。 何故ならすべての思考は トイレに行きたい と言う結論に結びついてしまうから。
そして20分ほどすると車内アナウンス。 “この先空港検問所があります。パスポート 身分証明書のご用意をお願いします” そしてバスは減速を始めた。 その声が なんと 美しく 素晴らしく聞こえたことか。 しかし 前方を見ると おお なんということか 検問所に向かう車の渋滞の列が見えるではないか。 その数10台くらい。
ここで 私のゲシュタルトが崩壊した。 忍耐を支えていた自我や羞恥心の歯止めが外れてしまった。
もう誰彼の目を気にすることなく 運転手の横までへたりながら歩き、 大変申し訳ないのであるが これこれしかじかでワタシの状況は緊迫している。まだ検問所は先だが 状況を鑑みワタシだけ先におろしていただくことはできないであろうか。 もちろん、用を済ました暁には貴殿の運転するバスに乗車する。 荷物もあるのでなにとぞよろしくと。お願いした。
運転手は一瞬 状況を呑み込めなかったようで 規定では乗客を道路におろすことはできない事他の説明があった。 が、目の前にいる男の切迫した表情、およびその立ち姿を見て 状況を把握したのか すぐに後方を確認 ドアを開けてくれた。 おれは へたりながら 小走りに しかし小股で検問所に向かった。 バスの窓、検問を待つ車の人々の視線が自分に注がれるのを感じた。 秋の美しい午後 高速道路をへたりながら小股で歩く中年男。 どう見えたのか。 検問所の人々は一瞬にして へたり歩いてくる男の状況を理解して無言でトイレに案内してくれた。
この経験は大げさだが トラウマのようになってしまった。 以降 リムジンバスに乗る前は必ずトイレの有無を確認するようになった。 当時新宿路線はほとんどトイレなしだった。 よって新宿線は避けた。 乗る前に飲み物を飲まないようにした。 また必ず何があっても乗る前にトイレに行くことにしているし 日本に来るガイジンにもそのことは念を押している。 羽田線はだいたいトイレなしのバスなので今でも乗る前は不安である。 自問自答しながら乗っている。 成田はもう検問所もずいぶん前から無いようだけれど。
そして最後に 心より ありがとうございます。 リムジンバスの運転手様、そして検問所の人々。 これだけはどうしても言いたかった。