Last-mile Delivery

与太話アンド Assorted Love Songs

ぼくが罪を忘れないうちに

吉本隆明ってボク、良く分からないけど、尊敬していました。今の若い方には、吉本ばななのお父様と言ったほうが良いかもしれませんね。ボクなんかよりも、もっと昔のいわゆる全共闘世代の知的シンボルだったような方。難解な思想、強面、辛辣な発言という印象がありますが、一方、その詩、特に若いころの物は、若さ特有の自負とか、少し感傷的で自虐的な気分とか、いろいろな箴言のようなものがちりばめられていて、今でも、時々読み返したくなります。どういう理由かわからないけれど急にまた読みたくなって本を開いた。余談だけど、この本一度新宿の飲み屋に忘れてきたことがあって、翌夕行ってみると、店にあって、感謝したことを覚えている。でもだいたい普段からこんな本を持ち歩くこと自体、暗いなー。

詩集のタイトルもたとえば、〝固有時との対話“ とか “転位のための十篇“ など、良く分からないけど、カッコいいですね。この詩集を出した出版社の解説には、(許可をいただいておりません)

“詩は、著者にとって、全業績中のまったく特異な事件である….”転位のための..” 発表時の著者は年齢にして二十代の終わりにあたり、東洋インキ在職中の技術者であったが、この詩集は当時、文学として形象化し得る極限の表現形式を成立させることになった。 ”転位のための十篇“は時代と個的精神史の対応から生まれた根源的運命的な詩として、詩そのものの本質的存在として、いつまでもナイーブな若い魂に問いかけるだろう。 “ 

って さっぱり分かりませんが、それにしても 個的精神史 なんて言葉もあるのだなあ。こういう解説を書いて、載せてしまうところが、またすごいなあと思います。でもってこの詩集の中には、今でも覚えているような一節がたくさんあるのです。 若いころ、臆面もなく、そんなところを引用していたのでしょうね。あー恥ずかしい。その部分だけ切り取っても、そのフレーズの意味合いや印象は分からないのですが、高校の階段教室の机に落書きで書かれていた、 “ぼくは秩序の敵であると同じに、きみたちの敵だ” 

なんていうのは、当時は、自分に突き付けられた言葉のように感じたものでした。吉本隆明の詩であることを知ったのはずいぶん後のことですが。 れから

  “もしも おれが死んだら世界は和解してくれ” 

なんていうのは酔っぱらってよく言っていた。 吉本隆明ファンの方申し訳ありません。ところで、上に書いた “ボクは秩序の敵であると同じに…..” の最後は以下で終わっています。

“刑罰が終わるところでぼくは眠る 破局の予兆がきっとぼくを起こしにくるから“  (その秋のために)

この方、こういった絶望感のようなものを最後に持ってきてすとんと 終わってしまうのが得意なようですね。 

“ひょっとすると 植物のやうな 廃疾が ぼくにとどめをさすかもしれない

ぼくが罪を忘れないうちに、 ぼくのすべてのたたかいは をはるかもしれない“(恋唄)